【医師が聞いた】開業からわずか6ヵ月…人員6名の小規模クリニックで起きた“ドロ沼退職劇”

軽視してはいけない「スタッフ間の不仲」

クリニックの運営は、いわずもがな医師だけでは成立しません。電話対応や受付窓口での対応をはじめ、採血やレントゲンの介助、医薬品の手配・医療廃棄物の対応、診療報酬請求や公費医療請求にいたるまで、看護師や医療事務のスタッフが多様な業務を遂行しています。

しかし、こうした重要な業務を行う人材を軽視し、ちょっとした特別扱いや失礼な言動をすることによって、勤務継続のモチベーションが低下し、退職者が出たり、最悪の場合クリニック運営自体が行き詰まったりするケースもあるのです。

スタッフが退職する要因としては「院長への信頼失墜」がもっとも多く、次いで「スタッフ間の不仲」による精神的ストレスが続きます。

ここでは、スタッフ間の不仲がクリニック全体の問題に発展してしまった例を見ていきましょう。

院内が“派閥で真っ二つ”…最悪の空気で業務不可能に

クリニックを開業した当時は、新型コロナウイルスの流行真っ只中で、受診控えが進みなかなか集患ができない時期でした。スタート時の人員配置は医療事務3名、看護師3名と、クリニックではよくある構成です。

緊急事態宣言の影響で業種問わず営業自粛をしているところが多く、患者数はなかなか思うように伸びませんでした。それでも、数ヵ月で1日20名~30名程度の受診患者を確保し、なんとか経営存続ができるレベルで運営していました。

患者数が多くない分、患者1人ひとりに対しては懇切丁寧に診療を行えていた反面、院長である筆者は経営管理の立場として、スタッフの様子をしっかりと把握することができていませんでした。

開業から2ヵ月が経つと、いつの間にか院内にはAとB、2つの「派閥」ができ、スタッフはそれぞれにはっきり分かれてしまいました。こちらの指示がなかなか全体に伝わらず、違和感を覚えたほどです。あとから聞くと、勤務終了後もそれぞれの派閥がクリニックの近くの喫茶店などで、互いの悪口などを言いあっていたようでした。

開業して3ヵ月が経ったある金曜日の午後、筆者は所属する医師会の乳児検診のため、午後の一部を休診にして外出しました。

帰ってくると、スタッフが皆涙目になっており、とても業務が遂行できる状態ではありません。聞けば、「仲違いを解消しようと院長抜きで話し合いをしたところ、50代のベテラン看護師を筆頭に、派閥Aのスタッフが派閥Bのスタッフに激しい言葉をぶつけていた」というのです。

派閥Aのスタッフは、派閥B看護師たちに対して
「技術がなっていない、あなたはどこで看護学を勉強してきたのか。一緒にやっていて恥ずかしい」
「点滴や採血が下手くそ過ぎる」
と、また派閥Bの医療事務スタッフにも
「あなたは空気が読めていない。病気かもしれないから、受診して検査を受けたほうがよい」
「患者に対して偉そう。何様のつもり」
などと、限度を超えた感情的な発言を繰り返していたようです。

やむなく筆者は1人ひとりに面談を行いましたが、時すでにおそし。
もはや冷静な議論は不可能で、派閥Bのスタッフには「向こうの3名を辞めさせなければ、我慢できないので私たちが全員退職する」と言われてしまいました。

1週間の夏休みを挟みましたが、仲違いの解消は困難と判断し、筆者はスタッフの半分を入れ替える方針を固めました。このままでは患者数の増加にも耐えられず、またかかりつけ医療機関として不可欠な「安心感」を提供できないと思ったからです。

また、院長である筆者が片方の派閥を特別扱いしたのが察知されたのか、派閥Aからは「もうこんなクリニックでは働けない、こういう判断をした院長についていけない」と言われてしまいました。最終的には、クリニックの定例ミーティングでも足を組む、寝たふりをする、朝礼にも出ないなど挑発行為がみられるようになりました。

派閥Bのスタッフも同様の雰囲気で、「朝起きられなくて微熱があるので休みたい」といった申し出が相次ぎました。結局、3ヵ月かけてスタッフの入れ替えを実行しました。前述のベテラン看護師1名には、試用期間を超えられないために退職を促しました。

9月のある朝、ベテラン看護師はいきなり院長室の前に立ちはだかりこう言い残し、クリニックを去りました。

「もう、辞めます。ありがとうございました。私も精神的におかしいですが、自分を辞めさせる先生もおかしいから、検査を受けられてみたらどうでしょう」

同じ派閥Aの医療事務スタッフも、一斉退職ではないものの、このベテランの看護師の退職をきっかけに他の医療機関へ転職していきました。

トラブルを起こさないために…院長がすべき「予防策」

クリニックのスタッフ間トラブルの原因のほとんどは、コミュニケーション不足と院長の管理能力不足によるものと考えられます。

院長は朝礼や定例ミーティングにおいて、クリニックの診療方針や経営の方向性を伝えるばかりでなく、チームミーティングや個別面談でスタッフへの傾聴を行い、不安や不満の解消に努めながら、院長としての期待を伝え続けていくことが重要です。

こまめなコミュニケーションを怠ると「自分の話を聞いてもらえない」「他のスタッフとの不平等感」が不満にあがることが多いです。したがって、院長が話を聞いて可能な限り対応したり、ビジョンを示したりと真摯に向き合うことが重要です。

また、働くうえで交通費の支給方法(給与に混ぜる、あるいは別途支給)や賞与の支給根拠についても、しっかりと伝える必要があります。スタッフ同士同じ条件でないとトラブルの火種になり、「特別扱いした」などといらぬ噂が掻き立てられます。

今回の事例は、院内の組織運営が円滑でなかったことが主な原因です。対応が遅かったものの、院長と数名のスタッフとのあいだに信頼関係を保つことができていたため、スタッフ全員の退職までには発展しませんでした。影響力の強いスタッフが派閥を作り、院長への不満が高まると、他のスタッフを巻き込んで一斉退職してしまうきっかけとなります。

悪影響を与えるスタッフは、他人のせいにする(「自分は悪くない」「〇〇さんの知識不足のせい」「△△さんの精神状態のせい」)と言い張ったり、事実ではなく感情で物事を判断し周りに押しつけたりする傾向があります。こうして、根拠のない噂を繰り返して自分の派閥を作り、他のスタッフがそれを事実と誤認して派閥を拡大させていくのです。

こうしたスタッフは面接時に、転職であれば以前の職場の退職理由を丁寧に聞き、自分本位の「危険なサイン」を見抜いて、入職をさせないことが予防策になります。履歴書を確認し、不自然に転職を繰り返しているようであれば要注意です。特に開院前でスタッフ募集に余裕がないと、見逃してしまいがちです。

万が一見抜くことが難しければ、こちらの経営理念・コンセプトを丁寧に伝え続け、「ここではやっていけない」と試用期間中に辞退してもらうことがトラブル回避のコツです。

著者:武井 智昭(たけい ともあき)
小児科医・内科医・アレルギー科医。2002年、慶応義塾大学医学部卒業。多くの病院・クリニックで小児科医・内科としての経験を積み、現在は高座渋谷つばさクリニック院長を務める。感染症・アレルギー疾患、呼吸器疾患、予防医学などを得意とし、0歳から100歳まで「1世紀を診療する医師」として地域医療に貢献している。
(編集:株式会社幻冬舎ゴールドオンライン)
クリニック・医療業界の経営 | 社会保険労務士法人ヒューマンスキルコンサルティング (hayashi-consul-sr.com)

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