【社労士コラム】歯科医院/クリニックで繰り返される人事トラブル、その原因は「仕組み不足」にあります

クリニック専門の社会保険労務士として、多くの歯科医院から人事・労務のご相談を受けてきました。その中で感じるのは、「同じようなトラブルが、驚くほど繰り返されている」という事実です。

院長先生方は決して「ブラック」な考えを持っているわけではありません。むしろ、スタッフのことを思い、現場を大切にされている方がほとんどです。それでもトラブルが起きてしまうのは、人に頼る経営の限界と、ルールがないことによる誤解が原因であるケースが大半です。

スタッフ間の人間関係は「自然に良くなる」ことはありません

歯科医院で最も多いご相談が、スタッフ間の人間関係です。
「歯科衛生士同士の雰囲気が悪い」「ベテランスタッフが新人にきつく当たる」「注意したらパワハラだと言われた」など、内容はさまざまですが、根本は共通しています。

それは、指導の基準が曖昧なまま、個人の価値観に任せていることです。
「自分はこう教わってきた」「これくらい普通」という感覚の押し付けは、今の職場ではトラブルの火種になりやすく、特に若い世代ほど敏感に反応します。

小規模な歯科医院では、一人の不満が医院全体の空気を一気に悪化させることも珍しくありません。

残業代トラブルは「退職時」に突然表面化します

診療後の片付け、終礼、ミーティング、勉強会。
院長先生からすると「当然の業務」でも、スタッフ側から見ると「なぜ給与が出ないのか」という不満につながることがあります。

現場では、
「数分だから残業ではない」
「みんなやっているから問題ない」
という認識が根強く残っていますが、法律上は労働時間として扱われる可能性が高いケースが多くあります。

特に注意が必要なのは、在職中は何も言わなかったスタッフが、退職後に未払い残業代を請求してくるケースです。感情の問題ではなく、金銭トラブルとして一気に深刻化します。

評価や昇給の不満は、優秀な人ほど黙って辞めていきます

「なぜあの人は評価されているのか」
「頑張っても給料が上がらない」

このような不満が蓄積すると、スタッフは院長に相談するのではなく、転職を選びます。特に歯科衛生士は売り手市場であり、不満を抱えながら働き続ける理由がありません。

評価制度がない、あるいは院長の主観だけで決まっている医院では、不満を口にしない優秀な人材から先に辞めていく傾向があります。

「辞めてもらう」は、最もリスクの高い場面です

問題のあるスタッフへの対応も、歯科医院では大きな課題です。
「もう来なくていい」
「合わないから辞めてほしい」

この一言が、後に「不当解雇」として大きなトラブルになることがあります。就業規則がない、または懲戒や解雇のルールが曖昧なまま感情的に対応してしまうと、院長側が不利になるケースが少なくありません。

辞めさせたいと感じた時こそ、最も冷静で、手順を踏んだ対応が求められます。

妊娠・育児を巡る問題は「知らなかった」では済みません

女性スタッフの多い歯科医院では、産休・育休・時短勤務を巡るトラブルも頻発します。
「人手が足りないから無理」
「正直、困る」

院長先生の本音として理解できる部分もありますが、対応を誤ると法令違反となり、医院の信用にも大きく影響します。

重要なのは、感情論ではなく、制度としてどう対応するかを事前に決めておくことです。

人事トラブルの多くは「仕組み」で防げます

歯科医院の人事トラブルは、誰かが悪いから起きているのではありません。
ほとんどの場合、ルールがない、基準がない、相談先がないことが原因です。

就業規則の整備、評価制度の明確化、指導方法のルール化。
これらは「スタッフを縛るため」ではなく、院長とスタッフ双方を守るための仕組みです。

「うちはまだ大丈夫」と思っている医院ほど、トラブルが起きたときのダメージは大きくなります。何も起きていない今こそ、専門家の視点で足元を見直すことが、安定したクリニック経営につながります。

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