「情報共有」「業務効率化」を揚げ クラウドネイティブでのカルテ導入を推進
「医療DX令和ビジョン2030」が示されるなど、医療分野におけるDX推進は国策レベルでの取り組みとなっていますが、その柱の一つとなっているのが「標準型電子カルテ」の導入です。これによって現在普及が5割程度にとどまる診療所での電子カルテ導入を一気に進め、情報共有による医療の質向上や業務効率化などを進める方針です。
「情報共有」を前提にクラウド型電子カルテを導入
標準型電子カルテについて、厚生労働省は「小規模な医療機関が安価に導入できるよう、国の主導により開発してクラウド上に整備する、標準化対応済みの電子カルテシステム一式である」と定義しています(「医療DX令和ビジョン2030」厚生労働省推進チーム資料「医療DXの進捗状況について」2025年7月1日)。
標準型電子カルテの構築に当たり、厚生労働省は大きく以下の2つの構築を目指しています。
①「切れ目なくより質の高い医療等の効率的な提供」を実現するため、電子カルテ情報共有サービスをはじめとした医療DXのシステム群(全国医療情報プラットフォーム)につながり、情報の共有が可能な電子カルテ
②「医療機関等の業務効率化」を実現するため、民間サービス(システム)との組み合わせが可能な電子カルテ
背景には医療DX自体の目標があります。「国民のさらなる健康増進、切れ目なく質の高い医療等の効率的な提供等の実現」等を目指しており、その施策の一つとして全国医療情報プラットフォームの構築を進めているのです。医療機関の電子カルテ情報もその一環と位置付けられます。
医療DXの推進に関する工程表では、標準型電子カルテについて、
①2023年度に厚生労働省で必要な要件・定義などに関する調査・研究を行い、②2024年度にデジタル庁で試作タイプとなる「α版」のシステム開発を実施、③遅くとも2030年にはおおむね全ての医療機関において必要な患者の医療情報を共有するための電子カルテの導入を目指す-としています。
α版の対象は医科の無床診療所とし、その中でも診療科によらない共通の診療行為を想定しています。今年3月から山形県の診療所でモデル事業を開始しており、2026年度以降に本格的に実施する予定です。なお、α版では診療録の記載は紙カルテで実施し、電子処方箋の発行や医療情報の共有などは電子的に行うことになりました。
既に導入済みの診療所も含め移行を推進、情報共有可能な体制へ
標準型電子カルテの大きな特徴として「クラウドネイティブ型システム」を志向していることが挙げられます。厚労省によると現在、医科無床診療所のうち5.7万施設ほどが電子カルテを導入し、そのうち4.7万施設ほどがサーバーなどのハードウェアやIT機器、ファイルソフトなどのソフトウェアを自社で保有し、構築・管理する「オンプレミス型」を導入していますが、次回システム更改時に、標準型に準拠したクラウド型電子カルテへの移行を促す方針です。またクラウド型電子カルテを導入している1万強の施設についても標準型電子カルテに移行を図りつつ、速やかな移行が難しい場合は共有サービスや電子処方箋に対応したアップデートを推進する考えです。
つまり、最初からクラウドでアプリケーションを実行したり、ソフトウェアを開発したりすることを前提とした考え方に基づいているのです。
現在、医療施設で導入されている電子カルテの多くは、オンブレ型で、かつそれぞれの医療機関の独自の使い方に沿ってカスタマイズしています。これを、クラウドネイティブを基本とし、かつ廉価なものへと移行させるわけです。
小規模な医療機関でも過度な負担なく導入できるよう、標準型電子カルテの要件に沿って、システム費用の抑制を目指して基本要件を策定する方針です。
また標準仕様に準拠した電子カルテの開発を民間事業者に促し、当該電子カルテを厚生労働省や社会保険診療報酬支払基金などが認証する形をとる方針も示されています。認証された電子カルテと国の医療DXのサービスとは、クラウド間で連携できるようになると説明しています。
「紙カルテのまま」の声が多数、維持費用に対する懸念も散見
標準型電子カルテの導入に対して懸念する声も少なくありません。日本医師会は8月6日の記者会見で、「紙カルテ利用の診療所の電子化対応可能性に関する調査」の結果を発表しました。それによると、電子カルテの導入可能性について、「紙カルテが必要」という回答が77.0%を占めていました。内訳をみると「不可能(紙カルテのまま)」が54.2%、「紙カルテのまま+情報共有機能併用(国開発の標準型電子カルテ)」が 22.8%となっています。他方「カルテ本体として導入可能」は23.0%で民間製品電子カルテ使用が13.0%、国開発の標準型電子カルテは10.0%という内訳になっています。
電子カルテ導入が「不可能」とした回答の属性をみると、FAXで回答した診療所が多く、ITに不慣れであることがうかがえるとの見方を示したほか、医師の年代が高いほど「不可能」と回答する割合が高くなる傾向がありました。
導入できない理由としては、「電子カルテの操作に時間がかかり、診察が十分できなくなる」「導入の費用が高額であり、負担できない」「導入しても数年しか電子カルテを使用する見込みがない」などが多く上がりました。
調査結果を報告した長島公之・日本医師会常任理事は、「導入・維持などの費用が高額であり、リスクやトラブルに対処できない理由も多く、希望する診療所が無理なく導入・維持が可能な環境を整える必要があり、そのための十分な財政支援や安全で利用しやすい標準型電子カルテの提供が必要」と述べています。
電子カルテを導入している医療機関、とりわけ病院の間では維持費用が重荷になっているとの指摘もあります。それを踏まえ、「今回をきっかけに、すでに電子カルテを導入している医療機関にも維持費諸々の面でメリットがあるような形を考えていただければと思っています」(菅間博・日本医療法人協会副会長、第3回標準型電子カルテ検討ワーキンググループ、1月31日)といった、国主導の電子カルテ導入には経営面でのメリットを期待する声が出ています。
医療機関における電子カルテ導入率は200床未満の一般病院と一般診療所で、それぞれ2023年時点で59.0%、55.0%となっています(第6回「医療DX令和ビジョン2030」厚生労働省推進チーム資料、2025年1月22日)。厚労省は「電子カルテそのものの普及率を向上させる取り組みが必要な状況である」との見解を示していますが、医療機関が抱える課題や要望への対応も標準型電子カルテ展開の課題になりそうです。
出典:MMPG医業経営ジャーナル 2025 9 Vol.315