『月刊福祉』2021年7月号 実践マネジメント講座PART2

働き続けられる職場づくりのポイント第3回
「働きやすさ」をつくる職場環境改善の取り組み
―実際に働き続けられる職場をつくるうえでのポイント(後半)

林 正人
社会保険労務士法人ヒューマンスキルコンサルティング 代表社員

今月のPoint

  1. 働きやすい職場づくりには、「ワークライフバランス」の導入・定着と、管理者・リーダーの育成が不可欠
  2. 「ワークライフバランス」の導入は、取り組みの意味と効果を検討したうえで、できることから始める
  3. これからのリーダー像は、部下の成功に奉仕するリーダー

ワークライフバランスの意義と取り組み

従来、「仕事の成果」と「社員の私生活」とは、まったく別物という発想で、どちらかを得るには、どちらかを犠牲にするしかないと考えられていました。しかしながら、これから一層求められるワークライフバランスの考え方に基づき、どちらも大切にすることが両者にとって有益にはたらき、相乗効果を生むことがわかってきました。

例えば、10時間の使い方として、バランスをとって「仕事5時間+私生活5時間」で過ごす方法があります。また、少しゆとりをもって「仕事4時間+私生活6時間」といった時間配分がよいという考え方もあります。しかし、どちらも間違いであると考えます。なぜなら、これらは単にそれぞれの時間的な使い方のみにかたより、双方の相乗効果という視点では考えていないからです。相乗効果が生まれた状態とは、今まで10時間で100の仕事を行っていたが、同じ仕事を8時間で行った状態のことで、まさにそれは、「生産性向上」の取り組みにつながるのです。

また、私生活の充実は、精神的にも肉体的にもゆとりを生み出し、それが仕事へのモチベーションのアップにもつながります。さらに、私生活の充実が図れるような福利厚生制度などで会社からの後押しがあれば、それが活用しやすくなり、何より、会社への感謝の念や忠誠心が高まって、結果的に職場における定着率が上がることにつながります。

(1)ワークライフバランスのメリットの確認

それではここで、ワークライフバランスの推進を図ることで、どのようなメリットがあるのか、当事者ごとに具体的に整理してみましょう。

①法人側のメリット

生産性の向上により人材の効率的活用が可能になり、結果として収益面のメリットが実現し、持続的な成長を可能にします。また、働きやすさと働きがいのある職場づくりによる優秀な人材確保・定着、さらには地域における法人のイメージが向上します。

②職員側のメリット

ワークライフバランスの実現による人生の充実(心身の健康、家族との時間、趣味、自己研さん、社会活動など)を図ることができ、結果として、人間力の向上につながります。家族との時間確保により幸福度がアップし、社員の家事・育児への参画により配偶者も仕事や趣味など人生を充実させ、世帯収入のアップにもつながります。

③お客様、ご利用者のメリット

働き方改革により生産性向上や多様な人材の活躍が実現すると、職員満足(ES)が高まり、結果としてお客様が受給できるサービスの品質が向上し、顧客満足(CS)が上昇します。

(2)取り組みのスタートにあたって

ただ現実には、なかなか取り組みがすすまないというのが実際のところではないかと思います。事業所の経営者の方々と話していると、こんな声をよく聞きます。「大切な取り組みであることはわかっているけれども、ただでさえ人材不足なのに、そのうえ残業削減、有給休暇取得促進によって現場が回っていくのか、サービスの低下につながるのではないか」―初めての取り組みゆえに、このような心配はよくわかります。しかし、取り組まないことへのデメリット、取り組むことへのメリットを考えて、個々の取り組みの意味と効果を検討し、まずはできることからスタートすることが大切です。ワークライフバランスに向けた福祉施設(介護施設、保育園等)の取り組み事例は、次頁の表で紹介しています。

管理者・リーダーに求められる職員定着に向けた支援策

「感情労働」である介護現場で「介護は心」とスローガンを掲げられても、働く職員にその「心」が向けられていると感じられない状況では、おおよそ精神論は通用しません。「心」を求める労働であればあるほど現場の職員自身が「心」を感じられるような心のケアが大切ですが、「心の問題は職員個人の問題だ」とする管理者・リーダーが少なからずいることも事実です。このような状況から、管理者やリーダーを育成することが急務の課題となっている事業所は多いものと思います。

また、経営層としては「誰を役職者、リーダーに選ぶのか」ということを十二分に検討する必要があります。誰でもリーダーになれるわけではありませんし、たとえ一定レベルに到達しても、安易に、この人しかいないからなどという理由で選んではいけないということです。あえてこのようなことを申しあげるのは、実際の現場ではこのような判断で、管理者やリーダーを選任しているケースがあまりにも多く、そのことが結果として、よくない影響を職場に与えることが多いのです。リーダーの人選を誤ってしまうと、選ばれた方も組織を去ることになるなど、双方が不幸なことになりかねませんので、まずは育成する前段階で、人選方法の見直しも検討してみることが重要です。

(1)リーダー・管理者のミッションとは

職員が育たないことを、職員自身の努力不足や、やる気のなさのせいにしているリーダー・管理者が多い気がします。「部下を育てるのはリーダーの役割である」という当たり前の事実が忘れられてしまっているかのようです。本気で職員の定着を望むならば、事業所の発展を望むならば、いま一度、経営者、管理者の方々は、「人を育てること」の必要性を強く意識して、行動してほしいと思います。

それではワークラーフバランスに向けた福祉施設(介護施設、保育園)の取り組み事例を、下記にご紹介させて頂きたいと思います。

項目 選択肢 働き方
時間 勤務時間を短くする 時短勤務
短時間正職員
夜勤専従
勤務時間帯を制限する シフト固定勤務
場所 勤務場所を制限する 勤務地限定(エリア異動、通勤圏内異動含)
勤務場所を自由にする テレワーク

また、福祉現場のリーダーや管理者の方々は、自らも業務を行いつつ部下を率いるという、いわゆる「プレイングマネージャー」がほとんどです。さらには、人員不足のため、現場をギリギリで回さざるを得ず、ついつい日々の業務に追われ、部下の指導・育成がおろそかになり、指導・育成どころかコミュニケーションさえも希薄になりがちです。その結果、部下の行動の質が低くなり、ますます日々の業務に追われる……。このような負のスパイラルを何とか脱しなければなりません。

これまで、たくさんの福祉事業所で職員研修を行ってきて実感するのは、組織が変わるには、まずリーダーの行動が変わる必要があるということです。

  • 部下を変えようと思ったら、まずリーダーが変わること。
  • 顧客満足を徹底しようと思ったら、まずリーダーが変わること。

すべての変化の大本には、いつもリーダーの存在があるということなのです。リーダーが変わらず、部下のみ変えようとしても、それは不可能です。当たり前のことですが、部下に「変わりなさい」と言って、「はい、変わります」と本当に変わる部下はまずいません。部下が変わることがあるとしたら、部下自身の意思で「変わりたい」と願った時、「変わらなければならない」と自分自身で気づいた時だけです。リーダーの役目は、そのための機会を提供すること。そう思えるような職場環境をつくりあげること。そして、それには「まず、リーダーが変わってみせる」ということが言えます。

(2)これからの福祉現場におけるリーダー像

これからの福祉現場で必要なリーダー力とはどのようなものなのでしょうか。それは「サーバントリーダーシップ」の考え方と行動にあるものと考えます。部下の成功に奉仕するリーダーであることが、職員のあり方を大きく変えていくことになるという考え方ですが、リーダーの奉仕とは、部下からの逆ハラスメントを恐れ、ご機嫌とりをするものではありません。サーバントリーダーシップに徹するリーダーは、人は人によって成長していくことを信じ、部下の成功を支援します。そのために部下が経験から学ぶ環境づくりをし、失敗から学ぶことを推奨します。そして信頼のネットワークをつくり、部下が主役であるとし、他人に手柄を与えることを惜しまず、全体のために最善を尽くすことを大切にします。このようなリーダーのもとで働くことができたら、職員の心は満たされ、自ら職場を去るようなことはなくなるでしょう。

このようなリーダーは理想で、現実には難しいと思う方も多いかもしれません。しかし、多くの介護・保育の現場を見ていると、このような意識をもって実践しているリーダーは必ずいます。このようなリーダーが率いる組織は、部下のモチベーションが高く、よい組織風土がつくられ、結果として職員が定着しているように思います。

前回:『月刊福祉』2021年6月号 実践マネジメント講座PART2

林 正人(はやし・まさと)
慶應義塾大学法学部卒業。「人を大切にする経営学会」会員。社会保険労務士として独立後は、介護・福祉事業に特化した社会保険労務士事務所として、労務管理だけでなく、人財の育成と組織活性化のコンサルティング支援を全国で行っている。全国の社会福祉協議会、商工会議所等での講演やセミナー・研修は年間60回を超える。

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